慈悲の心

 

ゲシェ・ケルサン・ギャッツオ師の『人生を変える方法』からの引用です。

慈悲の心は精神生活のまさに真髄といえるもので、悟りの達成に一生をささげる人にとっての主な実践です。それはブッダ、ダルマ、サンガという三宝の根源です。

ブッダはみな慈悲の心から生まれるため、慈悲はブッダの根源です。ブッダは他の生きものへの慈悲の心からダルマの教えを授けるため、慈悲はダルマの根源です。そして慈悲の心はサンガの根源です。というのも、私たちは慈悲の心から授けられるダルマの教えを聞いて、それを実践することによりサンガ(より優れた存在)になるからです。

慈悲の心とは正確にはどんな心でしょうか?慈悲の心は他の生きものを慈しむ心を動機として、彼らを苦しみから解き放ちたいと願う心です。

私たちは利己的な意図から、他の人が苦しみから自由であるよう願うことがあります。これは主に執着を土台とした関係においてありがちです。たとえば友だちが病気の時や落ち込んでいる時に、その人が早く良くなってまた一緒の時間を楽しみたいと願うために、その人に早く良くなってほしいと願うことがあります。この願いは基本的に自己中心的で、本当の慈悲の心ではありません。本当の慈悲の心は必ず他の生きものを慈しむ心を土台としています。

私たちにはすでにある程度は慈悲の心がありますが、その心はとても偏っていて限界があります。家族や友人が苦しんでいれば慈悲の心を抱きますが、自分が快く思っていない人や見知らぬ人には、慈悲の心を持つのが難しく思えます。

また明白な苦しみを経験している人には慈悲の心を感じますが、恵まれた状況を享受している人や、特に有害な行為を行っている人には慈悲の心を感じることはありません。

悟りを達成して自分の可能性を本当に開花させたいと願うなら、私たちは生きものすべてを例外なく受け入れるまで、慈悲の範囲を広げなければなりません。子どもが良いことをしても悪いことをしても関係なく、愛に満ちた母親がすべての子どもに慈悲の心を感じるのと同じように、私たちは慈悲の範囲を広げていかなければなりません。

普遍的な慈悲の心は、時折自然に生じる今の限界ある慈悲の心とは違い、長い期間にわたるトレーニングを通して培われます。

慈悲の心についての詳細は、Eight Steps to Happiness, Universal Compassion, Meaningful to Beholdをご覧ください。